生体腎ドナーインタビュー

「10年後、20年後のドナー」
インタビュー 千保 一夫 さん

「10年後、20年後のドナー」
インタビュー 千保 一夫 さん

「10年後、20年後のドナー」インタビュー 千保一夫さん

目次

~別格な関係~

-----臓器提供後、最もうれしかったことはどのようなことでしたか。

息子のかさかさした顔が艶やかになり、赤味が出て生き生きしてきたことです。表情がすっかり明るくなりました。
息子は生後1カ月の検診で、腎盂腎炎と診断されました。生後何カ月かたったころには、国立病院に2カ月くらい入院したこともありました。子どものころからずっと腎臓が悪く、いつも体が乾燥して、かゆかったようなのですが、移植をしてからは血の気が戻ってきて、とてもうれしかったですね。

-----息子さんとの関係は、臓器提供前後で何か変わりましたか。

移植前と違い、個人的なことや社会の出来事の話題などを、何でも素直に率直に話し合えるようになりましたね。息子は、私と「一心同体」のような意識になっているのかなと思います。
術後は、息子と一緒に食事へ行ったり、うちで一緒にお酒を飲んだりしています。私が東京に行ったときには息子の部屋で、持っていったワインを一緒に飲んだりしますね。そして飲みながらいろいろな話をします。親しい友人のように話ができる。そういう父子関係というのは、あまりないですね。いろいろなことを本当に普通に、全く気兼ねをしないでポンポン言い合いながら、食事をしたり、お酒を飲んだりできる。それは何だかこう、別格な関係ですね。

-----以前はそんな風にいろいろな話をすることはなかったのですか。

ええ。話すと言えば、深刻な病気の話でしたね。

息子さんと一緒に


~木曜会~

-----臓器提供後、新たに始めたことや、打ち込んでいることはありますか。

若い時には、アマチュア相撲と、野球とソフトボールのピッチャーを20年くらい続けていたのですが、50歳前後からすべてのスポーツと縁遠くなってしまいましたので、新たにゴルフを始め、今は1カ月に10日くらいはラウンドしています。
現職の市長のころ、ゴルフでハーフラウンドすると、右膝が痛くなったので、右膝の半月板を外側と内側の両方とも、取ってしまいました。今では、1ラウンドしても膝は全然痛くならなくなったので、最後の18ホールくらいになってきたらクラブを何本か持って走り、どれくらい体力が残っているのかを試したりしています。そうすると、まだまだ走れるので、「結構自分は体力があるな」と思うのですよ。そんな感じですので、2日連続でラウンドもできます。これまでに、5日連続でラウンドしたこともありましたね。

-----どのような方々とゴルフをするのですか。

私が主催をしている「木曜会」というゴルフの会があるのですが、メンバーが50人くらいいて、毎月1 回、定例的に第3木曜日に開催し、毎回40人くらいが出席しています。ゴルフもそうですが、飲み会もするので、会がものすごく盛り上がり、雰囲気が良くて皆さんとても親しくなりますね。参加されている方は大田原市民が一番多いのですけれど、いろいろな職種の方々がいろいろな所から参加されています。

-----そういう人脈は非常に大事ですよね。本当に面白そうですね。そういえば、千保さんは先日「春の叙勲」を受章されたとお聞きしたのですが、式はいかがでしたか。

5月に東京へ行き、総務大臣から勲記・勲章の伝達を受け、それから皇居で天皇陛下に拝謁しました。200人くらいの受賞者とその配偶者で、全員で380~90人くらいだと思いますが、私が受章者を代表して、天皇陛下に御礼言上の役を賜りました。私が皆さんの前に立って、天皇陛下がお見えになったらお辞儀をし、御礼の言葉を申し上げ、天皇陛下から御祝の言葉を賜りました。
栃木には那須御用邸がありますので、私が市長になった年の夏には、天皇陛下が大田原のミヤコタナゴ(小型の淡水魚)という天然記念物の保護池においでになり、私が先導役でご案内をさせていただいたこともあります。

千保さんの活動

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☞ 【参考】
腎移植者インタビュー
生体腎ドナーインタビュー
透析患者インタビュー


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