2016.08.10 腎代替療法のアニメ
腎不全による透析患者数は34万人(*1)を越えていますが、腎移植のドナーは不足しています※。一方、腎臓のような3次元臓器を作ることはとても難しいとされてきました。試験管内で腎臓を作りたい、そう思って私は腎臓内科医を辞めて研究の道に転進しました。カエルでは試験管内で腎臓の一部が作れることが1990年代に分かっていました(*2)。これをヒトで実現したいと思い、1996年に研究を始めました。
※ 日本では、脳死や心停止された方から腎臓の提供を受ける場合(献腎移植)、実際に提供を受けるまでの待機期間は平均約14年8カ月です(*3)。そのため、親族から2つの腎臓のうちの1つを提供してもらう生体腎移植が数多く行われています。
とは言っても当時は、腎臓を作れるわけがないと批判され、参加する学会もなく、砂漠を歩くような日々でした。それでも志を同じくする仲間が少しずつ集まってくれ、腎臓発生のメカニズムを明らかにしていきました。そして胎児のなかに、腎臓の元になる細胞(前駆細胞)があることをみつけました(*4)。
腎臓は大きく分けると3種類のパーツからできていると考えられています。1つ目は血液を濾過して尿を作って流す部分(糸球体と尿細管:1つの腎臓に約100万個あるとされます)、2つ目は濾過された尿を1箇所に集める部分(集合管)、そして3つ目はこれらの管の隙間を埋める部分(間質)です。この1つ目の前駆細胞をみつけたことになります。
さらに、この1つ目の前駆細胞の起源を突き止めることによって、このパーツをヒトiPS細胞※から作ることに成功しました。つまり糸球体と尿細管が試験管内で作れるようになったわけです(ここまで18年かかりました)。ヒトiPS細胞から作った前駆細胞をマウスに移植すると、マウスの血管とヒトの腎臓組織が繋がって、尿のでき始めのようなものが認められます。これらの技術を使うと、患者さんの血液数mlからiPS細胞を作って腎臓組織を誘導することによって、(まだ一部の先天性の病気に限られますが)腎臓病を再現できることが分かってきました(*4)。こういった患者さん由来のiPS細胞を使って薬を開発しようとする動きも活発になっています。
※ iPS細胞:皮膚などの体細胞から作った、さまざまな組織や臓器の細胞に分化することができる能力と、ほぼ無限に増殖できる能力を持っている細胞。
とはいえ、この方法では第2のパーツ(尿を集める部分:集合管)がないので行き止まりになってしまい、移植しても尿は流れませんでした。そこで今度はこの第2のパーツを作ることに挑戦しました。途中、熊本地震による被害でかなり遅れましたが、4年かけて成功し、枝分かれする集合管ができあがりました。
しかし、より本物に近い腎臓をつくるには、さらに第3のパーツをつくる必要があることも分かり、現在これに力を注いでいます。それが成功したら、太い血管を取り込み、尿の出口である尿管をつくり、尿を作って流さねばなりません。また現在できている腎臓組織は数ミリと小さく、これをもっと大きく成熟させなければなりません。やるべきことはまだありますが、腎臓を作るという私の「夢」は、既に到達可能な「目標」になったと思っています。これまで一緒にやってきた多くの仲間が一人前に育ち、日本全体として腎臓発生・再生研究が加速しています。アメリカでも20を越える研究室が取り組んでいます。この数年の進歩は特に急速で、私の「目標」は思ったより早く実現できるかもしれません。患者さんからみれば遅いと思われるかもしれませんが、私たちは週末も返上して全力で研究に取り組んでいます。長い目で応援していただければ幸いです。
☞【参考】
熊本大学発生医学研究所ホームページ 器官構築部門 腎臓発生分野
☞ 「病院を探そう!」熊本大学医学部附属病院のご紹介ページ
<出典>
*1 花房規男 他. わが国の慢性透析療法の現況(2021年12月31日現在) 透析会誌 2022;55:665-723
*2 有泉 高史, 浅島 誠. 試験管の中での幼生の形づくり (特大号 ツメガエルから何が学べるか--実験マニュアルから分子生物学まで) 遺伝 1996;50:28-34
*3 日本臓器移植ネットワーク. NEWS LETTER Vol.26,2022:7
*4 西中村 隆一. 腎臓を創る 日本内科学会雑誌 2017;106:1936-1940