ドクターインタビュー

慶應義塾大学病院
血液浄化・透析センター
教授・センター長

慶應義塾大学病院 血液浄化・透析センター
教授・センター長

林 松彦 先生

林 松彦 <font size="4">先生</font>

慶應義塾大学病院では、1968年に血液透析を行う施設として腎センターが開設されました。2009年4月からは、医学部血液浄化・透析センターとして新たに発足し、従来からの末期腎不全に対しての透析療法を中心とした診療と、それに加えて、様々な血液浄化療法を広く実践されています。
長年、慢性腎臓病治療に携わってこられた、慶應義塾大学病院 血液浄化・透析センター 教授・センター長の林松彦先生に、慢性腎臓病治療の進歩と今後の展望、慶應義塾大学病院 血液浄化・透析センターにおける今後の取組みについてお聞きしました。
※林先生は、現在、河北総合病院 腎臓内科 臨床教育・研修部部長としてご活躍されています。

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取材日:2016/09/21

目次

Chapter 1: 近年の慢性腎臓病治療の進歩について

-----まず、末期腎不全における腎代替療法の選択について、先生のお考えをお聞かせください。

腎代替療法には血液透析、腹膜透析、腎移植がありますが、特に若い方にとっては、腎提供していただける方がいらっしゃる場合には、腎移植が一番望ましい治療法だと思います。ただ、日本の献腎移植件数は非常に少ないので、現実味のある腎代替療法として検討されていない患者さんも多いと思います。生体腎移植は、腎提供を申し出てくださるご家族がいらっしゃるのであれば、いい選択だと思いますが、日本の腎移植医療が生体腎移植に偏りすぎている現状は、治療選択の機会の公平性という観点から考えても、改善していかなければならない点だと思います。
一方、腹膜透析は血液透析に比べて通院が少なくすむため、社会復帰がしやすく、尿量が保たれるので比較的腎機能の予後が良いという利点がありますが、基本的に自分で透析液の交換などを行わなければなりません。現在、透析導入患者さんの平均年齢は70歳に近づいていますので、ご自身で透析の管理ができる方はそう多くはありません。導入後、患者さんのご家族が腹膜透析の管理をしなければならないとなると、ご家族に負担がかかるため、導入が難しい方が多いのが現状です。また、お腹からチューブが出ているのが嫌だとおっしゃる患者さんもいらっしゃいます。そのような背景もあり、透析療法の中で腹膜透析を選択している方は全体のわずか2.7%となっています(*1)。これが望ましい状態だとは思いませんが、社会的な背景を考えるとやむを得ないと考えています。
※2021年末時点で、透析患者さん全体に占める腹膜透析患者さんは3%(*2)

そのため、ほとんどの末期腎不全患者さんが血液透析を選択する状況となっています。血液透析が選択される背景としては、先ほどお話しした腎移植や腹膜透析の状況に加え、日本は国土も狭く、都市部に人口が集中しているので、透析クリニックへのアクセスが非常にいいということもあげられます。実際、都内ですと、一部の都心部のオフィス街を除き、ほとんどの駅に透析クリニックがあります。

-----さまざまな要因によって、日本においては血液透析を選択される方が圧倒的に多くなっているということですね。
ところで、腎代替療法が必要な状態にならないためには、しっかりとした保存療法が重要だと思われますが、慢性腎臓病の治療はどの程度進歩しているのでしょうか。

この数十年でも慢性腎臓病治療はとても進歩しており、以前は診断から5~10年で透析導入となっていたような方が、20~30年経ってから透析導入となるくらいに、腎臓の寿命を延ばすことができるようになってきています。
例えば、IgA腎症の場合、ステロイドパルス療法に加えて、国際的には異論もありますが、扁桃腺摘出術を加えることで、診断から10年以内に透析導入となる方は非常に少なくなりました。ただ、それでも重症度が高かった方は、20~30年後に透析導入となってしまいますので、疾患そのものの治癒には至っていません。さまざまな薬剤による薬物療法で進行を抑えることができるようになりましたが、IgA腎症は20~30代が好発年齢のため、その年代で発症された方の腎臓の寿命が20~30年延びても、やはり50~60代で透析導入となってしまうのが現状です。私がここで腎臓病の外来を開始してちょうど25年になりますが、外来開始当時から診ていたIgA腎症の患者さんは、途中からステロイドパルス療法が加わり、予後を改善することができました。ただ、最近になって透析導入になった方が何人かいらっしゃるので、それはとてもつらいことです。
他の原疾患でも同じことが言えます。例えば膜性腎症であっても、高血圧や糖尿病が原因となっているものであっても、疾患そのものの治癒には至っておらず、そこに老化(腎硬化症)が加わり、結局70歳近くになって透析導入となってしまうという状況があります。また、以前は50~60代で糖尿病になると、心血管疾患あるいは脳血管疾患などで亡くなることもありましたが、合併症の治療も進歩しているので、皆さんの寿命が延び、その結果、腎臓が悪くなるまで比較的元気に過ごされる方が多くなっています。そのような要因が組み合わさり、高齢者の透析導入の増加につながっています。

-----医療の進歩によって寿命が延び、腎臓が悪くなるまで元気でいる方が増えたということですね。患者さん本人の努力によって病気の進行を抑えることはできるのでしょうか。

透析導入の原因疾患として一番多い糖尿病性腎症に関しては、2型糖尿病の場合は医療者の努力と本人の努力で、早期に治療すれば、かなり進行を抑えることができると思います。血糖降下薬はいい薬がたくさん出てきていますが、やはりご本人の努力が少ない方は、治療がうまくいかずに血糖値が上がってきてしまい、血管病変が出てきてしまいます。一方、節制できる方は薬の処方量を増やさなくても、何十年も状態を維持できる方が多いです。

-----糖尿病の治療は本人の努力も非常に重要ということですね。高齢化による腎硬化症も増えていると思いますが、その対策はありますか。

腎硬化症の原因は、まだ正確には分かっておりませんので、難しい問題です。人種差もありますし、血圧が高かったからといって、必ずしも腎硬化症になるということでもありません。

-----透析導入の20~30年前に予見して、対策を行うのは難しいということですね。

非常に難しいと思います。腎硬化症を原疾患とする透析導入患者数は5,285人、導入患者数全体の14.2%です(*1)。日本の高血圧の推定患者数は約4,300万人(*3)とも言われている中で、将来的に透析導入となる患者さんを識別するのは非常に難しいことです。
※2021年の腎硬化症を原疾患とする透析導入患者数は6,905人で、導入患者数全体の18.2%(*2)

私は最近、腎硬化症の患者さんに、「人間の体にはもちろん寿命がありますが、体と臓器それぞれの寿命が全て一致しているわけではありません」というお話をします。例えば、老人性難聴は、すべての人がなるわけではなく、一部の人しかなりません。腎臓にも同じことが言えます。「体全体としては存命ですが、腎臓だけ先に寿命がきてしまったのですよ」というお話をすると、患者さんもよく理解していただけます。

-----これまでお話しいただいたIgA腎症や糖尿病、腎硬化症以外の原疾患で、治療法が進歩している疾患はありますか。

林先生1

優性遺伝で遺伝する、常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)という疾患があります。両側の腎臓に嚢胞(のうほう)という水分がたまった小さな袋がたくさんでき、大きくなっていく疾患です。嚢胞が増えて大きくなるにつれ、腎臓の機能が低下していき、患者さんのうちの約半数が70歳になるまでに末期腎不全となり、腎代替療法が必要になります。
最近、バソプレシン(抗利尿ホルモン)V2受容体結合薬という薬が、ある種の多発性嚢胞腎の進展を遅らせるということが分かってきたため、広く使われるようになってきました。ただ、これも進展を遅らせるだけで治癒には至りません。しかし、多発性嚢胞腎の場合は、もともと、60~70代くらいまで腎機能がもつ方がいらっしゃいますので、そのような方の場合は、若いころから治療して、腎臓の寿命を10~20年延ばすことができれば、腎臓の寿命と体の寿命を一致させることが可能になるかもしれません。

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<出典>
*1 日本透析医学会 統計調査委員会 図説 わが国の慢性透析療法の現況(2016年12月31日現在)
*2 花房規男 他. わが国の慢性透析療法の現況(2021年12月31日現在) 透析会誌 2022;55:665-723
*3 NIPPON DATAおよび2010年国勢調査人口より推計

 

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