ドクターコラム

社会的メリットから考える腹膜透析

社会的メリットから考える腹膜透析

聖路加国際病院 腎臓内科 部長・腎センター長 中山 昌明 先生

聖路加国際病院 腎臓内科 部長・腎センター長
中山 昌明 先生

社会的メリットから考える腹膜透析

掲載日:2016/08/25

1.高齢患者さんのQoL向上

近年、慢性腎臓病(CKD)が、新たな国民病と認識されるようになり、国内外でCKD予防のための啓発活動が盛んに行われています。そのような活動が実を結んだとみられ、特に糖尿病性腎症などの生活習慣病を原因とするCKDの抑制には、一定の成果が得られつつあります。一方で、国民の高齢化に伴って、高齢者に多い腎硬化症が原因で末期腎不全となる患者さんは徐々に増えており、高齢者に対する特別なCKD抑制対策が必要と考えられます。実際、透析の新規導入患者さんの平均年齢はすでに68歳を超えており、年代別では75~80歳が最も多く(*1)、超後期高齢者が透析導入となることも珍しくなくなってきました。
※ 2021年は、新規透析導入患者さんの平均年齢が71.09歳、最も多い年代は70~74歳(*2)

透析導入年齢分布

このように末期腎不全患者さんの高齢化が進む中、透析医療の「質」を何で測るべきか、が見直されています。これまでは、生命予後-どれだけ長生きできるか-が治療の質を測る指標でした。しかし、近年では、特に高齢者においては生命予後だけではなく、生活の質(QOL )、治療の患者満足度、苦痛緩和なども、治療の質を測る重要な指標であると考えられるようになりました。
※QOL:生活の質のこと(Quality Of Life)

これらの指標については、欧米ではすでに多くの検討が行われており、PDはHDより患者満足度が高いことが確認されています(*3)。以前、私たちは、新規透析導入となった平均75歳の患者さんたちのQOLが、導入時と導入1年後でどのように変化したかについて調べました。その結果、PD患者さんとHD患者さんとで比較したところ、PD患者さんはHD患者さんに比べ、導入1年後もQOLがより良好に保たれていました(*4)

Assisted PD

高齢者にとってのPD療法の難点は、自己管理が必要なことです。ヨーロッパでは、高齢PD患者さんを訪問看護によって全面的に支援する体制が整備されている地域もあります。このような体制によって、患者さんのみならず、ご家族や介護者の負担が軽減できる理想的な治療環境を築いています。残念なことに、わが国では高齢PD患者さんの公的な支援体制は、まだ十分とは言えません。しかし、そのような中でも、訪問看護サービスを用いたPD患者さんの支援など、様々な取り組みが地道に行われています。高齢の透析患者さんや介護者の方々の負担を軽減しようと、多くの医療者が体制整備について真剣に議論をしています。

2.国民医療費の抑制

医療費が増大すると、国民すべてに様々な負担がかかります。透析患者さんの数は国民全体の0.2%程度(*1,5)ですが、透析患者さんの医療費は、国民医療費全体の3%を超えています(*6)
このような状況のため、腎移植や透析の医療の質をどのように評価し、その結果をいかに分かりやすく示すかは、国民医療費のこれからのあり方を考える上でも大変重要な課題です。近年、欧米を中心に専門家たちがこの課題に取り組んできました。末期腎不全患者さんの3つの治療法を、患者さんの医療費とQOLの両方を考慮して評価した研究では、腎移植が一番よく、透析医療ではPDがHDより良いという結果が出ています(*7)。また、わが国では、PD患者さんの増加が、総医療費を抑制するとともに、医療の質の向上につながるという研究結果もあります(*8)。つまり、PDの普及は、医学的にも医療経済的にも意義があるということです(*9)
患者さんが自分の治療をできるだけご自身で行えるようになれば、周りの方々の負担を減らすことができます。これによって、社会全体の負担を減らし、国民医療費をより上手に使う余地ができるのです。特に、社会復帰・就業を目指す患者さんにとって、PDは望ましい治療法であり、働いて収入を得、納税することは、健全な社会貢献と考えられます。

3.社会復帰・就業への貢献

ところで、透析患者さんの就業率が低いことは以前から大きな問題でした(*10)。米国では透析患者さんの就業を促す動きがあるものの、現実は厳しいようです。わが国で透析の医療費が公的に控除されるようになったのは、透析患者さんの社会復帰を手助けすることが目的でした。1990年代半ばまでPDが急速に普及したのは、社会復帰を望む患者さんが多かったことが理由と考えられています。
しかしながら、現在、透析患者さんは、糖尿病患者さんと高齢者が多くを占めるようになったため、社会に対して主体的に関わり続ける患者さん、透析を受けながら仕事を続ける患者さんが減少しています。私たちが最近行った調査では、透析導入前まで働いていた方のうち、導入後約5年以内で2割の方が仕事を辞めていました。ただし、PD患者さんとHD患者さんとの間には違いがあり、PD患者さんの方が仕事を続けている割合が高いという結果でした(*11)

働くPD患者さん

在宅医療であるPDは、職場や出張先でも行える治療法です。患者さんが社会や家庭の中での役割を持つことは、人としての自信や満足感、そして人としての尊厳を保つことに大きく貢献するとされています。この意味でも、透析患者さんの就業にPDが果たす役割は大きいと考えられます。


以上、PDという治療法のメリットを、社会的な視点を含めてまとめてみました。皆さんがPDの持つメリットについてご理解いただく一助となれば幸いです。

PDの社会的メリット

バナー

<出典>
*1 日本透析医学会 統計調査委員会 図説 わが国の慢性透析療法の現況(2014年12月31日現在)
*2 花房規男 他. わが国の慢性透析療法の現況(2021年12月31日現在) 透析会誌 2022;55:665-723
*3 Iyasere OU, Brown EA, et al. Quality of Life and Physical Function in Older Patients on Dialysis: A Comparison of Assisted Peritoneal Dialysis with Hemodialysis. Clin J Am Soc Nephrol 2016;11:423-430
*4 平松信, 中山昌明 編. テキストブック「高齢者の腹膜透析」東京医学社 2008:91-102
*5 人口推計(平成29年10月1日現在)(総務省統計局)(http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2017np/pdf/gaiyou.pdf
*6 平成28年度 国民医療費の概況(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/16/dl/data.pdf
*7 Sennfält K, Magnusson M, Carlsson P. Comparison of hemodialysis and peritoneal dialysis--a cost-utility analysis. Perit Dial Int 2002;22:39-47
*8 田倉智之 臨床透析 2012;28:15-24
*9 Haller M, Gutjahr G, et al. Cost-effectiveness analysis of renal replacement therapy in Austria. Nephrol Dial Transplant 2011;26:2988-2995
*10 Gutman RA, Stead WW, Robinson RR. Physical activity and employment status of patients on maintenance dialysis. N Engl J Med 1981;304:309-313
*11 Nakayama M, Ishida M, et al. Social functioning and socioeconomic changes after introduction of regular dialysis treatment and impact of dialysis modality: a multi-center survey of Japanese patients. Nephrology (Carlton) 2015;20:523-530


この記事を見た人が読んでいるのは

専門家に聞こう!


関連記事


病院検索 閉じる
トップへ